南海トラフ地震警戒情報

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大規模災害で避けて通ることのできない大量の廃棄物と万を超える遺体の処理問題!


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スマトラ島沖地震後に危惧された感染症



大津波の激しい被害を受けたタイ南部。
パンガ県カオラック近郊のバンムアン寺には5日現在、1474体の遺体が安置されている。
約1000体はすでにDNA鑑定用の毛髪の採取作業などを終えて低温コンテナに収容されたが、残りの約400体については作業がまだ続いている。
伝染病の蔓延を防ぐため、医師たちは厳重な対応に追われている。
タイ当局は、遺体に群がるハエによるコレラ菌の媒介を警戒しており、遺体に1日1度、消毒液を散布。鑑定に当たる医師らは二重の手袋とマスク、それに防護服、長靴などで完全防備して作業に当たる。
安置場所から外へ出るときは、車両も含めて厳重に消毒を受けている。 (2005年1月6日 産経新聞)




2004年12月26日に起きたスマトラ島沖地震から10日あまりがたったあとに挙げられた産経新聞の記事です。


20万人を超える人々が亡くなったこの災害では、瓦礫の中に多くの遺体が取り残され、掘り出された遺体も炎天下に長期間さらされていました。


病院や学校、その他の施設に身元不明の遺体も多数収容されました。



インド洋大津波が襲ったタイ、インドネシア、インド、スリランカでは、感染症の蔓延が危惧されました。


各地の避難所には遺体の安置と共にトイレや給水施設がほとんどなく、避難民は劣悪な状況で暮らすことになりました。


インドネシア、インドなどの発展途上国の衛生状態は悪い上に、さらに悪化することは確実で、国際社会はマラリアなどの感染症から被災者を守る努力が強いられました。



ただ日本では、災害後にこのような感染症の心配はないでしょう。



大量の遺体と廃棄物問題


問題となるのは大量の廃棄物です。


これらを放置すると、悪臭や衛生面の悪化、復興の妨げなどを引き起こします。



あまり語られることはありませんでしたが、実は阪神淡路大震災でも遺体の火葬などが問題となっていました。


以下、1995年1月19日の読売新聞による記事です。



3000遺体行き場なく。安置所、寄り添う遺族
ひつぎ不足「せめて早く葬儀を」


3000を超えた遺体。だが、引き取る家がない―。発生後3日目を迎えた「兵庫県南部地震」は19日、新たな悲報が相次ぎ、各地域に設けられた学校、寺、体育館などの遺体安置所には、変わり果てた姿の市民らが次々運び込まれた。「せめて、早く葬儀を」。だが、震災直後の町では葬儀を営むことも出来ず、遺族らはぼう然と遺体のそばにたたずむばかり。日を追って増える安置用の布団の数、そして、行政の対応の遅れに、遺族らは冷え冷えとした安置所でしだいにいらだちを募らせている。



各安置所には、数百もの遺体が収容され、その大部分が毛布に包まれ、床に敷かれた布団の上に眠っていました。


検視を行った医師によると、遺体の8割近くが「胸腹部圧迫による窒息死」であったが、その遺体の表情に苦しさは見えなかったと言います。


おそらく家屋が崩れた瞬間に気を失ったケースが多かったのだと考えられます。



阪神淡路大震災では、兵庫県の火葬場の処理能力をはるかに超える数の遺体が短期間に出たため、大混乱となりました。


被災地周辺の火葬場では1日に300体しか処理ができないのに対し、約5500体もの遺体があるのです。



厚生省は大阪、岡山、徳島、京都などの近隣府県に協力を要請し、なんとか合意は得られたが、次にでた運搬手段の問題にまた苦労することになったのです。


遺体の搬送には自衛隊も関わり、ヘリによるピストン輸送なども行われました。