南海トラフ地震警戒情報

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福島第一原発の事故は津波によって引き起こされたものではない!?20年前から明らかになっていた東北の被害状況!



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M9が起きるのはプレート境界だけではない!?


2004年のスマトラ島沖地震、そして2011年の東日本大震災。


これらの地震が起きるまで、日本の地震研究者たちには大きな思い込みがありました。



それは、マグニチュード9クラスの巨大地震は、一部の沈み込みプレート境界だけで発生可能である、という説です。


しかし、これは完全な誤りだったのです。



地震研究者は、1950年から今に至るまでの地震活動データ、すなわち、新方式のマグニチュードを推定するための観測記録が存在する時代のデータに重きを置きすぎていました。


そして、地質調査から得た、昔のマグニチュード9クラスの地震についての情報を軽視していたのです。




1950年以降、沈み込み帯におけるマグニチュード9以上の地震は、東日本大震災の前にも、計4回発生しています。


・1952年カムチャッカ
・1960年チリ
・1964年アラスカ
・2004年スマトラ島沖
・2011年東北地方太平洋沖


この事実は、沈み込み帯の地震の最大規模はその地質学的条件にあまり依存しないことを示唆しています。


つまり、東北を含めて、マグニチュード9以上の地震は、頻度はまれであっても、どこにでも起こりうるものなのです。



安全装置がすべて故障・破壊


2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震により、東北の4ヶ所の原子力発電所が、地震と津波の脅威にさらされました。


中でも深刻な損傷を受けたのが「福島第一原発」でした。



原発には、いくつもの安全装置が設けられています。


たとえば、原発を安全に稼働させるための電源が万一落ちてしまったときは、非常用のディーゼル発電機が作動して電力を供給し続けます。


大地震などの危険を察知すれば、原子炉の稼働をストップさせるための制御棒も作動します。


他にも様々な安全装置が設けられているのですが、これらの安全装置が地震と津波によって、すべて破壊されてしまったのです。



地震直後から起きていた恐るべき事態


震災直後、福島第一原発では恐るべき事態が進行していたと言います。


地震発生からわずか3時間半後、すべての燃料がメルトダウン状態に陥っていたのです。




メルトダウンとは、原子力事故における重大なプロセスの一つです。


事態が悪化すると核燃料が原子炉施設外にまで漏出して極めて深刻な放射能汚染となる可能性があります。


それに至らないまでも、溶融した炉心を冷却する際に発生する放射性物質に汚染された大量の蒸気を大気中に放出せざるをえないことが多く、重大な放射能汚染を引き起こす可能性があります。




つまり、震災直後から、周辺住民が全員避難しなければいけないほどの非常事態になることがほぼ確定していたのです。



しかし、この事実が明るみになったのは、震災から2ヶ月以上も経過してからでした。



1号機から3号機までが完全に制御不能な状態であることは、誰から見ても明らかでした。


原子力発電所の「建屋」は常識的な建築物からは考えられないほど極めて頑丈に造られています。


それが震災の翌日に起きた水素爆発によって、いとも簡単に木っ端みじんに吹き飛んだのです。


さらに14日には3号機、15日には4号機でも爆発が起きました。



この爆発は、これらの周辺地域の壊滅を意味していました。


テレビ中継でその映像を目にしていた私にも、この想像を絶する事態が容易に把握できました。


私たちが生きている間に、この地域に人間の文化を取り戻すことはかなり難しいでしょう。



東京電力の甘すぎる想定


この原発事故についても、ことごとく「想定外」という言葉が使われたのですが、福島第一原発を襲った大津波は本当に想定不可能だったのでしょうか?



東京電力は、福島第一原発で「5.7メートル」の津波が起きる事を想定して安全対策を進めてきました。


原発の敷地は10メートルの位置に設定されています。


その敷地に約13メートルもの津波が襲ったのです。



また、福島第二原発は第一原発よりも頑丈な設計だったため第一原発ほどの大事故になることはありませんでした。



宮城県の女川原発では、福島第一原発と同じく13メートルの津波が襲いましたが、9.1メートルの津波を想定して安全対策が打たれていたため、想定外ではありましたが、第一原発ほどの被害を避ける事ができました。




この原発の大事故は、想定外の大津波によるものではなく、「5.2メートル」という数字が甘すぎたため、つまり、安全対策が不十分だったために起きてしまったものだと言えるのです。


そもそも、海抜14.8メートルの場所にある女川原発で9.1メートルの津波が想定されている一方で、海抜10メートルの場所にある福島第一原発の想定が5.2メートルというのはおかしすぎるのではないでしょうか。


しかも、5.2メートルをはるかに上回る大津波が太平洋沿岸部で起こりうることは、東日本大震災が起きる20年も前から指摘されていたのです。



1990年に掲載された「貞観地震」の論文


1990年、日本地震学会の学会誌に「仙台平野における貞観11年三陸津波の痕跡高の推定」という論文が掲載されました。



貞観地震は、三陸沖で発生した歴史地震として広く知られていました。


この地震では巨大津波が発生したことも、歴史資料や地質調査から明らかになっていました。




この論文には、「日本三代実録」という歴史書が引用されていました。


それを読むと、東日本大震災と同等の被害が869年の東北地方を襲ったということが読み取れます。


しかし、具体的に何メートルの津波が押し寄せたのかは記されていません。


津波の規模を知るためには、堆積物などを調査する必要があります。


論文の執筆者たちは、地道な作業を積み重ねて貞観津波の規模を探っていったのです。




その結果、各地でまさに東日本大震災と同様の規模の津波が襲った状況が浮かび上がってきたのです。


つまり、1990年に発表されたこの論文によって、東北地方で巨大地震が起きた場合、どのような津波被害が想定されるのかということが明らかになっていたのです。


また、地震学者や原発の安全に携わる政府関係者たちがこの論文を閲覧していないはずがありませんでした。


この論文を執筆したのは東北電力女川原発建設所の研究者たちなのです。


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