南海トラフ地震警戒情報

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一瞬で町を灰にする火砕流の恐怖!新幹線以上の速度で約3万人が住む町が一瞬で全滅!

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火砕流による被害


18世紀は特に噴火災害が多かったのですが、19世紀になっても日本では巨大な火山災害が続きました。


1822年には北海道の室蘭の近くにある有珠山で噴火が起き、火砕流が出て、約100人が犠牲になりました。


火砕流とは、噴火の時に噴火口から出てきて流れ下る火山噴出物の流れです。


いったん噴煙として上空に高く上がったものが落ちてきて火砕流になることもあります。


マグマの細かい破片がマグマ中にあったガスと混ざってできるもので、空気よりもやや重いのが普通ですが、ガス成分が多いときは比重が小さいために海面上を滑走して対岸を襲うこともあります。



その後の火砕流の被害で、日本でいちばん有名なのは1991年の雲仙普賢岳の火砕流が引き起こしたものです。


2014年の御嶽山噴火までは日本で戦後最大の火山災害でした。


雲仙岳では、1792年に日本史上最大の火山災害を引き起こした噴火以後も火山性地震はよく起きていましたが、噴火そのものは1990年までありませんでした。


しかし翌1991年の噴火はずっと規模が大きく、ほぼ200年ぶりの大きな噴火となりました。


2月に屏風岩火口が噴火し、続いて3~5月には地獄跡火口で頻繁に小噴火が起きました。


5月には地獄跡火口に熔岩ドームが作られ、次第に成長し、やがて崩落したことで頻繁に火砕流が発生するようになりました。


そして6月3日、火山がよく見える高台に映像を撮るためにメディア関係者や外国人の火山学者が集まっていました。


そこへ火砕流が襲い、死者行方不明者43人という大災害になってしまいました。



雲仙普賢岳ではこの一連の噴火で避難対象になった人の数は最大時で約1万1000人でした。


火砕流の危険が最終的になくなったのは5年後の1996年になってからでした。


雲仙普賢岳の火砕流
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イタリアでは火砕流によって一瞬で町が壊滅


イタリア・ナポリ近郊にあった古代都市ポンペイは西暦79年に起きた近くのベスビオ火山から出た火砕流によって、ほとんど瞬時のうちに町が壊滅しました。


この火砕流のために2万人ほどのポンペイ市民のうち約2000人もが犠牲になりました。


また、火砕流の被害だけではなく、土石流も出て、ヘルクラネウムの町を埋めてしまいました。



人口3万人の町が一瞬で全滅


1902年には、カリブ海・西インド諸島にあるマルティニーク島の北部にあるプレー山が大噴火を起こしました。


この噴火も火砕流を起こして、当時の県庁所在地だった人口約3万人のサンピエールをほとんど瞬時に全滅させていまいました。


噴火から出た火砕流は温度が1000度ほどもあったと思われ、火砕流の速度は新幹線よりも速い速度であったと考えられています。


これは20世紀の火山災害では世界最大の被害になってしまいました。


また、このプレー山は富士山と同じ形式の成層火山で、火山の形も富士山に似ています。



この大噴火は突然起きたものではありませんでした。


大噴火の1ヶ月前にプレー山は噴火を始めていました。


さらに、大噴火の前日には隣のガダルーペ島にあるスフリエール山が噴火しており、火砕流によって1680人が犠牲になっていました。


当局は「このスフリエール山の噴火によってプレー山への圧力も解放された」と発表して住民らを安心させましたが、これが間違いだったのです。


また、1792年と1851年にもプレー山は噴火していますが、どちらも小規模な噴火でした。


住民たちは、まさかこれほど大規模な噴火が起きるとは誰も思っていませんでした。


完全に危機感が薄れていたために起きた大災害とも言えるのです。



どこにも逃げ場のない離島での大噴火


逃げ場がない離島での火山噴火は特に恐ろしいです。


日本での18世紀の大きな火山災害として、1785年に起きた青ヶ島の噴火があります。


この噴火では130名以上が死亡したと推定されています。


青ヶ島は、東京の南360キロメートルにある伊豆諸島の火山島で、一番近い八丈島からも南へ70キロメートルあまり離れています。


ここでの1785年の噴火は4月半ばから始まり5月まで続きました。


このため噴火が始まってから、当時327人いたとされる島民のうち200人あまりが八丈島からの救助で八丈島に避難しましたが、避難が間に合わなかった残りの人たちが爆発に巻き込まれて全員死亡したのです。



20世紀になってからも、1902年の伊豆鳥島の噴火で全島民が死亡したという悲しい記録があります。


鳥島は逃げるところがない丸い火山島で、その後は気象庁の鳥島気象観測所だけが置かれていましたが、その気象観測所も1965年に起きた群発地震で噴火の恐れがあったために気象庁の職員があわただしく避難して、その後は閉鎖されています。



また、鹿児島の桜島も1914年の噴火時は逃げ場がない島でした。


この噴火でも人々は逃げ場がないまま犠牲になってしまいました。


1986年の伊豆大島では噴火が起きたときに全島の住民が島を離れて避難しました。


この噴火の前は1974年の噴火を最後に10年以上、噴火のない静かな状態が続いていました。


しかし1986年に入ると小規模な群発地震が島の周辺で発生するようになり、7月には地磁気が急減し、岩石の比抵抗も減少、そして火山性微動もでました。


他方、三原山の山頂にある小さなカルデラ内の水準測量では膨張は観測されず、沈降が観測されていました。


これは噴火の前に起きることと反対の事象であり、噴火は切迫していないと考える科学者もいました。


つまり、科学者の間でも噴火するかどうか全く予想が出来なかったのです。



そして、11月には火口壁から噴気が出始め、15日に噴火が始まりました。


熔岩が流れ出し、19日昼頃、直径800メートルの内輪山の内側が熔岩で埋め尽くされました。


そして内輪山の縁にあった火口茶屋が燃え、さらに熔岩が内輪山を越えて北西部から三原山のカルデラに800メートル流れ出しました。


しかし、まだ島内には大噴火が起きるという緊張感がありませんでした。


それどころか、噴火を見ようと5000人を越える観光客が伊豆大島に押し寄せ、島は歓迎ムードに包まれました。


大きな災害にならなかったのは、このときはたまたま噴火が小康状態となっていただけなのです。



そして20日、科学者が予測できないまま、爆発的な噴火が始まりました。


翌日には三原山のカルデラの床の部分からカーテンのように熔岩が噴き上がる「割れ目噴火」が始まりました。


粘性の低い熔岩が高さ1000~1500メートルにも達した火柱になって噴き上がったのです。


噴煙の高さは1万メートルを超え、島内東部に火口からの軽石が大量に降下しました。


三原山山頂の火口やカルデラの外の山腹といった別々の火口でも、その後、再び噴火が始まり、熔岩が斜面を流れ下りました。


熔岩は3000人が住む島一番の町、元町集落にまで迫りました。



こうして住民全員の島外避難が決定され、11月22日早朝までに島内の全員、約1万人が避難したのです。


幸い、熔岩は元町の人家から数百メートルのところで止まり、町を破壊することはありませんでした。


噴火がおさまり、島民が帰島できたのは全島避難の約1ヶ月後でした。



その後数回、小規模な噴火がありましたが、1990年の噴火を最後に伊豆大島は比較的静かな状態が続いています。


しかし、いまでも山体の膨張は続いています。


今後、また伊豆大島が噴火することは間違いないのです。


日本の脅威は地震だけではない!巨大噴火のリスク! - 南海トラフ地震警戒情報

南海トラフ地震警戒情報管理人が実際に使用、推薦する「おススメの防災グッズ」 ↓↓↓

最近、災害が多発したことにより、皆さんの防災意識が高くなったのか、よく「防災グッズは具体的に何を買えばいいのか?」や、「南海さんのおススメの物があれば教えてください」などといったお問い合わせをTwitterのDMで頂くことが多くなりました。

この機会にいくつか紹介しておきたいと思います。

まず、相次いで起きている停電に対する備えとして非常に重要な「ポータブル電源」というものを紹介したいと思います。

災害と停電はセットといわれており、何の備えもないままいきなり停電状態で生活を強いられると本当に「地獄」といっても過言ではないほど不便な生活になります。

また、小さいお子さんや高齢の方がいる家庭では、停電は非常に危険な環境だといえますので確実に備えておきたいのが災害用の非常電源です。



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その他、防災グッズとして私自身がおススメしているものを以下に載せておきますので参考にして頂ければ幸いです。



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大事なペットがいる家庭では、ペットを抱いて避難すると逃げ遅れたり手が塞がることで危険な目に遭う可能性が高まります。

また、避難所ではペットをそのまま連れていくと受け入れ拒否されてしまうケースもまだまだ多いのが現状です。

対策として、このようなグッズは備えておく必要があるでしょう。


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