南海トラフ地震警戒情報

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日向灘地震の歴史・もしもM7.5の地震が発生したらどうなるのか?

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日向灘地震とは?


日向灘地震は、南海トラフの西端に位置する「日向灘」を震源として起こる地震です。


宮崎県および大分県の沖合にあたる日向灘の領域では、歴史的に繰り返し地震が発生していて、そのたびに津波も発生していることがわかっています。


日本政府の地震調査研究推進本部によると、日向灘の領域で起こる地震は2種類にわけられています。



日向灘周辺で発生する地震の多くは、フィリピン海プレートと陸のユーラシアプレートの境界面で発生する「プレート間地震」と呼ばれるもので、深さは10km~40km付近だと考えられています。


そこではM7.0~M7.2程度の地震が十数年から数十年という比較的短い間隔で繰り返し発生しています。


しかし、それとは別に約200年の間隔でさらに規模の大きいM7.6前後の地震も繰り返し発生していると考えられています。



今後、日向灘で地震が発生した場合、九州地方では宮崎県や大分県、四国では愛媛県や高知県の太平洋側などで津波の被害が予測されています。


日向灘周辺で起きた地震で、調査により判明している過去最大の地震は、1662年のM7.6の地震であり、日向灘の領域単独でM8クラスの巨大地震が発生した記録はありません。


しかし、震源域が東に隣接する南海地震などと連動にて発生してM8クラスの連動型巨大地震となったことがあるという見方もあります。


1707年の過去最大規模の「宝永地震」では、この日向灘地震も同時に連動して、4連動型地震となった可能性が指摘されています。



日向灘周辺の地震の歴史


1498年『日向灘地震』


1498年7月9日、大分県佐伯市の沖合で推定マグニチュード7.0~7.5の地震が発生しました。


歴史の記録によると、6時頃から地震が起こり、10時頃に大規模な地震があり災害は全国に及んだとあります。


九州で山崩れがあり、別府の延内寺では爆発が発生して寺院は住職もろとも吹き飛び、地が裂けて熱泥が噴出しました。


その他の各地でも山崩れが発生し、鳥居、石碑はほとんどが倒れ、死者多数と書かれてあります。



また、同日の15時頃に京都、奈良、熊野、三河、甲斐でも強震があり、遠江で山崩れ、紀伊や三河で津波が発生したとされています。


この地震が南海地震であった可能性も指摘されていて、もしそうであれば、10時頃に発生した日向灘地震の本震と思われる活動のわずか5時間後に、南海地震が連鎖的に発生したことになります。


さらに、その約2ヶ月後には東海地震(明応地震)の記録も残されており南海トラフと連動したと考えられるもっとも古い日向灘の歴史地震です。



1662年『外所地震』


1662年10月31日未明に日向灘沖でマグニチュード7.6の地震が発生しました。


この地震では宮崎県、鹿児島県大隅半島などを中心に被害が及びました。


宮崎県の広い範囲で震度5以上の揺れがあったと推定され、最大震度は6強を記録したとされています。


日向灘沖合で発生した津波は、延岡から大隅半島を襲い、高さは宮崎市で4~5メートル、延岡市では3~4メートルと推定されています。


犠牲者は約200人、約3800世帯の家屋が損害、そして7つの村が水没したとされています。


この地震は外所地震(とんどころじしん)と呼ばれ、歴史に残る日向灘地震のなかでも最大規模のものでした。



1769年『豊後水道の地震』


1769年8月29日、日向灘北部から豊後水道の領域で推定マグニチュード7.8以下の地震が発生しました。


この地震では、日向・豊後・肥後などで被害がありました。


延岡城や大分城での被害や、寺社や町屋の損壊などの被害が生じたことが記録されており、田の水没や水難による死者も出たとされています。


これらの被害の記録をもとに、宮崎で震度6程度、津波が最大2~2.5メートルだったと推定されています。


しかし、2日後の水害による被害と混同されているとして、もっと規模は小さかった可能性が指摘されています。



1899年に2回の日向灘地震とその10年後に起きた深発地震


1899年11月25日、日向灘沖でマグニチュード7.1とマグニチュード6.9の地震が続けて発生しました。


この地震では、宮崎県・大分県などで家屋の破損や土蔵の倒壊などの被害が生じました。


その10年後の1909年11月10日に宮崎県西部の内陸深さ約150kmで深発地震が発生しました。


規模はM7.6で、大分県、宮崎県、熊本県、鹿児島県、高知県、広島県、岡山県など広範囲に被害が及びました。



1929年-1931年『日向灘地震』


1929年5月22日に日向灘沖でM6.9の地震が発生し、宮崎市や人吉市などで震度5を観測しました。


そして、その約2年後の1931年11月2日、前回の日向灘沖の震源域でさらに大きな規模の地震が誘発されました。


震源の深さも前回より浅い所に移動しており、揺れによる被害が拡大しました。


地震の規模はM7.1、深さは28kmで、宮崎市、都城市などで震度5を観測し、死者、負傷者、家屋の全壊などの被害が数件報告されました。


また、高知県の室戸岬では85cmの津波が観測されました。



1939年-1941年『日向灘地震』


1939年3月20日、日向灘沖でM6.5の地震が発生し、宮崎市や熊本市などで震度4を観測。


津波が発生し、死者・負傷者それぞれ1名と記録されています。


その約2年8ヶ月後、前回よりも浅い場所でさらに規模の大きな地震が誘発されました。


地震の規模はM7.2、深さは33kmで宮崎市、延岡市などで震度5を観測し、死者2名、負傷者18名、家屋全壊27棟で、大分県・宮崎県・熊本県などで被害がありました。


また、九州や四国で最大1メートルの津波が観測されました。



1961年-1970年『日向灘地震』


1961年2月27日、日向灘沖でM7.0の地震が発生しました。


宮崎市、日南市、都城市などで震度5を観測。


死者2名、負傷者7名、家屋全壊3棟、九州から中部にかけて最大50cmの津波を観測しました。



それからわずか7年後の1968年4月1日にも日向灘沖で地震が発生しました。


地震の規模はM7.5で、延岡市や宿毛市などで震度5を観測しました。


死者も1名でており、負傷者は15名以上、全壊・半壊が3棟、道路損壊18件などで、主に高知県と愛媛県での被害が多く見られました。


四国で3メートル以上の津波を観測し、床上浸水56棟、船舶の被害も発生しました。



さらにその1年後の1969年4月21日、深度20kmの浅い部分で地震が誘発されました。


規模はM6.5で、落石による負傷者が2名出ました。


この時に観測された津波は20cmでした。



また、その1年後の1970年7月26日にも日向灘沖で誘発地震が発生しています。


やはり震源は10kmと浅い部分へ移動しており、地震の規模はM6.7でした。


宮崎市、日南市、都城市などで震度5を観測し、50cm前後の津波を各地で観測しました。


山崩れや崖崩れなどが発生し、この地震により13名が負傷しました。



1984年-1887年『日向灘地震』


1984年8月7日の日向灘地震の規模はM7.1で、宮崎市、大分市、熊本市、宇和島市などで震度4を観測しました。


この地震による被害は、負傷者9名、建物の損壊が319件となり、20cm程度の津波が観測されました。


フィリピン海プレート内部で発生した地震だと考えられています。



その約3年後の1987年3月18日にも日向灘地震が発生しています。


地震の規模はM6.6で宮崎市では震度5を観測。


死者、負傷者が出るなどの被害が報告されています。



1996年に連鎖的に発生した地震


1996年10月19日、日向灘の沖合でM6.9の地震が発生し、宮崎市や鹿屋市などで震度5弱を観測しました。


そのわずか1ヶ月半後に少し西側に移動した内陸に近い位置でM6.7の地震が発生しました。


この地震でも宮崎市などで震度5弱の強い揺れを観測しましたが、両地震での被害は記録されていません。



日向灘地震が発生したら?


過去の活動を見てみると、日向灘の領域では連鎖的に別の地震が数ヶ月~数年のスパンで発生しやすい傾向があるということが考えられます。


この領域の地下構造は、一度割れると周辺が誘発的に割れやすくなるという特徴があるのかもしれません。



では、もし日向灘でM7.5の地震が発生したらどうなるのでしょうか?


まず、地震による揺れは宮崎市、東諸県郡児湯郡、西都市、日南市などの広い範囲で震度6強が想定されています。


また、仮に大潮の満潮時に地震が発生した場合、最大5メートルの津波が襲ってくると想定されています。



日向灘で発生する津波は、地震の規模がM6.5を越えるあたりから発生する割合が高くなり、約10分~15分程で沿岸に到達します。


ただし、シミュレーションによると、震源が沿岸に近い場合や、震源が沖合でも、地殻変動により津波を発生させる領域が沿岸よりに分布している場合は、わずか数分で沿岸に到達することがあります。



津波から命を守るためには迅速な避難が必要です。


日向灘の地震により津波が発生した場合、宮崎県の沿岸では、津波の発生源が近いため、あっという間に津波が来襲します。


海辺などでは、強い揺れゆっくりとした揺れを感じたときは、津波警報などの発表を待たずにすぐに避難してください。


また、揺れを感じていなくても津波注意報などが発表された場合も、疑わずにすぐに避難してください。


たとえ50センチの津波でも人間は立っていることができず、溺れてしまいます。


なるべく遠くではなく、なるべく高い所へ避難をしましょう。


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