南海トラフ地震警戒情報

Twitterにて減災活動、情報発信を行っています。@T1ZEg2jynaj9lQ7


かつて大陸は一つだけだった?日本列島形成のプロセス

f:id:tsukasa-fp:20190309043844j:plain



かつて、大陸は一つだった?


プレートの動きは、何億年という長期的な視点で見ると、日本列島の成り立ち、さらに視点を広げれば現在地球上にある5大陸の成り立ちとも深く関係しています。


地球表面が板状の岩盤で覆われる、プレートテクトニクスと呼ばれる岩盤の移動が開始したのは、約30億年前といわれています。


海嶺では次々とプレートが生み出され、プレートの移動が始まり、超大陸はいくつかの大陸に分裂していきます。


そして、やがてまた、プレートの沈み込むところに超大陸が形成されていきます。


プレートの移動により何度も超大陸の集合と分裂が繰り返されました。


最後の超大陸は、約2億5000万年前に形成され、それが、約2億年前ごろに大規模な火山活動などにより分裂を始めました。



例えば、インドはかつては独立した大陸でした。


ところが、ある時期にプレートの動きによって北上し、ユーラシア大陸と衝突しました。


こうしてユーラシア大陸の一部となったのです。



インド大陸と当時のユーラシア大陸の間にはテーチス海と呼ばれる海が存在していました。


しかし、この衝突によって海の堆積物が押しつけられて高い山となりました。


それが「ヒマラヤ山脈」です。



地球の大気は、地表から近い部分では、対流圏と成層圏に分けられます。


おおよそ11キロメートルほどが境になります。


すでにヒマラヤ山脈は高さ8キロメートルを越え、大気の循環に大きな影響を与え、その背後のチベット高原の形成とともに、モンスーン気候を作り出しました。



このように、プレートの動きと大陸の成り立ちの中で、日本列島は形成されてきました。


日本列島の活断層の特性を理解するには、日本列島がどのように成立したのか概要を知る必要があります。



火山フロントとは?


日本列島は、昔はアジア大陸の東の端にくっついていました。


現在の姿に類似した形になったのは、アジア大陸から離れて現在の位置に移動した1500万年前です。


その頃に形成、あるいは活動していた断層群が、現在も震源断層の形状に大きな影響を及ぼしています。



約3000万年前、まだ日本が大陸の一部だったとき、本州の下には太平洋プレートが沈み込んでいました。


海洋プレートが海溝から大陸プレートへ沈み込んで、深さ120キロメートルほどまで到達すると、岩石が融けてマグマになります。


マグマは周りの岩石よりも軽いので、上昇して火山が形成されます。


すると、海溝には平行に火山が並ぶことになります。


その部分を「火山フロント」といいます。

f:id:tsukasa-fp:20190308233905j:plain



なぜ日本列島は「く」の字なのか?


日本列島は、はじめは直線的な形をしていました。


それが現在のような「く」の字型になるには、日本海の形成が一大イベントとなりました。



日本海のように、大陸の緑辺に見られる、陸や浅海部によって大洋から分離された海を「緑海」と呼びます。


ユーラシア大陸の東端の西太平洋に臨む部分には、日本海に限らず、オホーツク海、南シナ海、沖縄トラフといった緑海が並んでいます。


伊豆・小笠原諸島の西側の四国海盆も、背弧拡大によって形成された海盆であり、西太平洋地域には、多数の背弧海盆が形成されています。


また、太平洋の反対側、すなわち東太平洋を見ると、緑海は見られません。


この動きは、太平洋プレートの西側でのみ見られる特徴的なものだといえます。



以上をふまえて、日本海の形成について見てみます。


まず、太平洋プレートが沈み込んでいる、当時の日本海溝と伊豆・小笠原海溝が東へ移動し始めました。


また、約2700万年前から1500万年前くらいに、四国海盆が拡大しました。



日本海が拡大し始めた時期は、日本海の海底から得られた玄武岩の年代や岩石の古地磁気などから、中心的な時期は2000万年前以降だと考えられています。



拡大のしかたについては、1985年に神戸大学の乙藤洋一郎氏が提唱したモデルが有名です。


2つの「軸」を中心に、観音開きの戸が左右に開くように日本列島が動いたとされています。



一つ目は、北海道・千島列島沖付近で、ここを軸に東北日本が反時計回りに回転を始めます。


二つ目は、長崎・対馬南西付近を軸に、西南日本が時計回りに回転する動きがありました。


この2つが動いた結果、ちょうど伊豆半島の辺りを境にして、折れ曲がるような形になりました。


こうして日本海ができたのです。



東北日本ブロックと西南日本ブロックの境界となったのは、「糸魚川ー静岡構造線」と呼ばれる断層の北部と、関東平野の北部にある「関東構造線」と呼ばれる断層です。


ちなみに「構造線」とは、断層の中でも極めて大規模な断層のことをいいます。



これらの構造線を境に、全体としては右横ずれに回転しました。


東北日本では、全体としては現在の東北日本の伸びの方向に平行する北東ー南西方向の正断層群が形成されました。


また、浅い角度で沈み込んでいた太平洋プレートが、深い角度での沈み込みに変化したため、日本海沿岸にあった火山フロントは、より東側に移動しました。



この時期の東北日本の様子は、まだ海底にあった北上山地や阿武隈山地の一部が島として顔を出し、


その日本海側の海底では盛んな火山活動が進行していました。


これは現在の琉球諸島に似ています。



また、あまり知られていませんが、火山がもたらしてくれる多くの恵みの一つは、重金属を地表近くまで運んでくれることです。


こうした火山の恵みによって、中世の日本は有数の銀・金の輸出国だったのです。



日本海側の、現在厚い日本海拡大後の堆積岩が重なっている地域は、広域的に玄武岩が噴出しました。


Hi-netなどの高感度地震観測網による三次元地震波速度構造では、こうした地域では下部地殻に大量の苦鉄質な岩石が貫入して、地震波の伝わる速度が速いことがわかってきました。



2004年の新潟県中越地震、2007年の新潟県中越沖地震などはこうした地域で発生した地震で、褶曲帯の下部の岩盤がずれ動いて大きな地震となりました。


西南日本の動き


太平洋プレートがユーラシアプレートに沈み込んでいる海溝が東に動いたことと、四国海盆の拡大により、伊豆・小笠原弧は現在の位置に近い場所まで移動しました。


その後、日本海は、回転した東北日本弧と西南日本弧が伊豆・小笠原弧にぶつかって1500万年前には拡大を停止しました。



西南日本では、沖合の大和海盆までの大陸地殻の領域で引っ張る力を受け、島弧の伸びと平行な正断層群とそれらと直交する断層群が形成されました。


これらの断層も、震源断層として現在の日本列島に引き継がれていきます。



1500万年前、開いたばかりの四国海盆が西南日本と接することになりました。


この当時のフィリピン海プレートは北向きの運動方向が推定されており、


当時の南海トラフでは高温な四国海盆部分での沈み込みが、密度差もなく極めて困難であったと推定されています。



山陰地方の日本海側には、宍道褶曲帯と呼ばれる褶曲帯があることが知られています。


この褶曲帯は、褶曲の軸は西南日本の方向と平行しており、温かい四国海盆が沈み込めない時期にその背弧側に短縮変形を発生させたと考えられています。


これは現在の地震活動を考える上でも重要なポイントになります。


つまり、プレートの沈み込み状態の変化は、単に沈み込み帯周辺に影響を及ぼすのみならず、日本海側も含んだ全体に及ぼしているといえるのです。



東北日本では、600万年前頃になると陸が拡大し、大きなカルデラ火山が現在の奥羽山脈沿いに形成されるようになりました。


作用した圧縮力は幾分増大しましたが、西南日本と同様に、日本海沿岸を中心とした地域が、強い短縮変形帯となっています。



約350万年前以降に逆断層運動によって日本海側の地層に曲がりくねった「褶曲」が生み出されました。


これを日本海東緑褶曲帯といいます。


100万年ほど前になると、太平洋側の逆断層も活発に活動するようになり、現在も活断層として認識されるに至っています。


奥羽山脈沿いの逆断層は、大陸から離れた頃の古い断層を利用している場合もありますが、


現在の火山帯の伸びと平行して形成されているものが多く、地下の温度など現在の状況に対応して再び活動したり、新たに断層を作ったりして山脈を成長させています。


圧縮する力がかかることで、かつて日本海の東の端だった海底が隆起して陸となりました。


こうして陸の面積も少しずつ拡大していって現在に至ります。


奥羽山脈から西側の地域は、かつての海底が隆起した地域なのです。


地震を発生させるのは活断層ではない? - 南海トラフ地震警戒情報

南海トラフ地震警戒情報管理人が実際に使用、推薦する「おススメの防災グッズ」 ↓↓↓

最近、災害が多発したことにより、皆さんの防災意識が高くなったのか、よく「防災グッズは具体的に何を買えばいいのか?」や、「南海さんのおススメの物があれば教えてください」などといったお問い合わせをTwitterのDMで頂くことが多くなりました。

この機会にいくつか紹介しておきたいと思います。

まず、相次いで起きている停電に対する備えとして非常に重要な「ポータブル電源」というものを紹介したいと思います。

災害と停電はセットといわれており、何の備えもないままいきなり停電状態で生活を強いられると本当に「地獄」といっても過言ではないほど不便な生活になります。

また、小さいお子さんや高齢の方がいる家庭では、停電は非常に危険な環境だといえますので確実に備えておきたいのが災害用の非常電源です。



以下の3点が特に信頼性の高いおススメのものになります。

詳しくは商品ページに入って頂ければ、説明が書かれていますので是非ご覧になってみてください。

ちなみに当管理人は上の「エナ―ボックス」というものを事務所と自宅にそれぞれ備えております。


防災製品として話題沸騰中のポータブル電源「エナーボックス」


30日間返品返金・2年間正規保証!今、最も売れているポータブル電源!



こちらは企業向けの非常電源になります。
病院や介護施設などの停電が直接、人の命に関わるような施設はこちらを備えておくと安心です。


災害時でも業務を止められない企業様の電源確保に【UPS搭載リチウム蓄電池セット】



その他、防災グッズとして私自身がおススメしているものを以下に載せておきますので参考にして頂ければ幸いです。



寝袋は様々なものが販売されており、実際に試させていただいたりしているのですが、コストや機能性など総合的にみて「一番」だと思えたのがコチラでした。

災害対応型 超万能「寝袋」~スリーピングッド~



大事なペットがいる家庭では、ペットを抱いて避難すると逃げ遅れたり手が塞がることで危険な目に遭う可能性が高まります。

また、避難所ではペットをそのまま連れていくと受け入れ拒否されてしまうケースもまだまだ多いのが現状です。

対策として、このようなグッズは備えておく必要があるでしょう。


同行避難の移動から避難生活まで「いつも」一緒をかなえる多機能キャリー【ペットキャリー GRAMP】



玄関などに備える「非常用バッグ」に関しては以下のような、プロの方が選んだ、あらかじめセットになったものを用意しておけば間違いないでしょう。


防災グッズなら防災士店長が厳選した43点セット【ディフェンドフューチャー】


「転がす」「背負う」「持つ」3WAYキャリーリュック採用 ものすごい防災セットシリーズ


新しい収納方法の防災バッグ ─ OTE (On The Exit) ─