南海トラフ地震警戒情報

自ら四国沿岸部へ移住し南海トラフ地震の観測、研究をしています。南海トラフをはじめ、その他の巨大地震などを潮位、地殻変動、マグマ、火山活動や静穏化現象などの様々な異常を総合判断し、警告します。 ※人的被害を減らすのが目的で、予言などではありません。


内陸地震で警戒しなければいけない「津波・液状化・斜面崩壊」とは?

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沿岸海域の活断層では津波が発生する


活断層による内陸地震では、地震動と断層変位による構造物への直接被害が主なものです。


その一方で、沿岸海域に分布する活断層からは、海溝型地震と同様に津波も発生します。


津波については、東日本大震災以降、国土交通省および海に面する自治体では独自の被害想定・防災対策が実施されています。


とくに日本海側の道府県では、国土交通省がとりまとめた日本海東縁の活断層帯をもとに、津波想定の再検討が行われています。



液状化現象の恐ろしさとは?


液状化現象とは、地下水で満たされた軟弱な砂層や人工埋め土などが、強い地震動によって液体状になることです。


地下では、揺れによって砂粒子と水の分離が起こります。


この分離現象で水圧が部分的に高まることによって、地下水や砂を含んだ水を地表まで噴き上げたり、地面が強度を失い流動化し水平方向に動くこともあります。



1946年6月16日に発生した新潟地震(M7.5)では、信濃川沿いにある鉄筋コンクリート4階建て県営アパートが液状化によって傾き、横倒しになった状況がテレビで映し出されました。
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その他、各地で噴水・噴砂、マンホールの抜け上がりなどが多数発生し、市内では1500棟の鉄筋コンクリート建物のうち310棟が被害を受けました。


新潟地震は海域で発生した地震ですが、これも沿岸域の活断層によるものです。


震源直上付近に位置する粟島では、約1メートルの隆起が確認されています。



1995年の阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震でも、西宮浜やポートアイランドなどの人工島で深刻な液状化の被害が出ました。


港の沈降や噴砂が著しく、国際貿易港である神戸港の機能停止の原因にもなりました。



液状化現象は、揺れの強さとともに、揺れの継続時間にも関係するとされています。


そのため地震規模が大きく、継続時間の長い巨大海溝型地震で大規模な液状化が発生する場合が多いのです。


しかし、内陸地震でも表層の地質によっては重大な液状化被害が懸念されます。


内陸活断層のトレンチ調査では砂だけではなく、大量の礫が噴出した痕跡が見つかることがあります。


多くの場合、直下やごく近傍の活断層によって震度7の猛烈な揺れが発生したためと推定しています。



このような過去の液状化の跡は、考古遺跡に噴砂痕や砂脈として出現します。


これをもとに大地震の発生時期や発生場所を特定する研究分野を地震考古学といいます。



地震による斜面崩壊


内陸地震被害でも一番深刻なのが「斜面崩壊」です。


2004年の新潟県中越地震では、267ヶ所の土砂災害が発生し、4人が巻き込まれて亡くなっています。


また、斜面崩壊による道路の寸断で最大61の集落が孤立しました。



2008年の岩手・宮城内陸地震でも、栗駒山山麓で地滑りや土石流、斜面崩壊、落石などが約4100ヶ所で発生しました。


同地震の死者・行方不明者23名のうち18名が、このような斜面災害に巻き込まれたものでした。


また、国道342号線の祭畤大橋が大規模地滑りによって落橋しました。



2016年の熊本地震でも、阿蘇大橋の落橋の原因となったのは、立野地区の大規模崩壊でした。


熊本地震の場合は、地震で崩壊したり緩んだりした斜面が、その後の6月の豪雨でさらに崩壊し被害が拡大しました。



地震による斜面崩壊でも特に恐ろしいのが、天然ダムの発生とその決壊です。


山間部の河川、とくに川幅・谷幅の狭い支流で斜面崩壊が発生すると、土砂によって河川が閉塞され、上流側に堰き止め湖が生じます。


これが土砂を上回るか、湛水の荷重や水圧が崩土の強度を超えると、決壊が生じ、下流側に大規模な被害をもたらします。



2004年の新潟県中越地震では、山古志村東竹沢地区で大規模な地すべりが発生し、芋川を閉塞し、最大で256万立方メートルもの水を堰き止めたことが報告されています。


また、2008年の岩手・宮城内陸地震でも多数の天然ダムが形成されましたが、ポンプによる排水や開削工事で難を逃れています。



しかし、そのような技術のなかった過去の内陸地震では、天然ダム決壊による悲惨な状況が古文書に記されています。


たとえば、1847年5月8日に現在の長野市周辺に被害をもたらした善光寺地震(推定M7.4)では、虚空蔵山が崩壊し、その上流広域で水をせき止め、数十の村々が水没しまきた。


堰止湖の長さは30キロメートルにもおよんだとされています。


地震から2週間後には水の流出が始まり、下流では810の家屋が流出し、100名余りが亡くなりました。



善光寺地震から11年後の1858年には、富山県・岐阜県などを飛越地震(推定M7.1)が襲いました。


この地震でも、常願寺川上流の大鳶山と小鳶山が崩壊し、上流を堰き止め、長さ約8キロメートルもの天然ダムができたと言われています。


それから2週間後と2ヶ月後に決壊が起こり、金沢領、富山領であわせて150もの村が流され、140名以上の溺死者が出たと記録されています。



活断層による内陸地震では、単に地震動による斜面崩壊だけではなく、断層の地表変位により大規模な崩壊が起こることもあります。


岩手・宮城内陸地震では、二迫川の荒砥沢ダム上流側で巨大地すべりが発生しました。


長さ約1300メートル、幅約900メートル、最大の深さ150メートルにもおよび、土塊はダムに向かって約300メートルも移動しました。


これにより小規模ですが津波も発生しています。


この巨大地すべりは、地震の揺れによって誘発されたと言われています。


しかし、滑落崖の地点には地震断層が通過していて、その断層変位がきっかけだったのではないかとも考えられています。