南海トラフ地震警戒情報

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日本の脅威は地震だけではない!巨大噴火のリスク!

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日本列島は火山国


日本列島は地震大国であるだけでなく、世界屈指の火山国でもあります。


噴火は人間の生活に大きな影響を与える自然現象です。


火山灰や火山流が災害を起こすだけでなく、「巨大噴火」もしくは「破局噴火」と呼ばれるような、大量のマグマが短期間に地表に噴出した場合、文明を滅ぼすことさえあるのです。



巨大噴火が発生すると、大規模な火砕流が発生し、高温のマグマが高速で地上を走り抜けます。


800度以上もの高温のマグマを含む分体流が時速100キロメートル以上ものスピードで地上を駆け抜けるのです。


これまで知られた最大の例では、9万年前の阿蘇火山の大噴火で、火口からの距離150キロメートルの途上にあるすべてのものを焼き尽くしました。



このように大量のマグマが噴出したあとの地上には、「カルデラ」と呼ばれる大きな穴が空きます。


大規模な火砕流が出た際には必ず地上に残されるもので、このようなカルデラが日本列島には数多く確認されているのです。


さらにその中には、これから活動する可能性があるカルデラも8個ほど確認されています。



大噴火期に入った桜島


大規模火砕流を噴出したカルデラは、九州・北海道・東北に集中しています。


最近の例としては、7300年前に鹿児島の沖合にできた鬼界カルデラと、2万9000年前の鹿児島湾内で生じた姶良カルデラがあります。



二つの噴火ではいずれも、高温の火砕流が九州を広範囲に覆い、上空へ噴き上がった火山灰が偏西風に乗って東北地方まで飛来しました。


その結果、九州から東北までの日本全土が灰まみれになりました。


実は姶良カルデラは現在も噴火を続けている桜島の大元にある巨大火山です。


鹿児島市の10キロメートル東の海上にそびえる桜島は、姶良カルデラの南端にできた最深の火山活動なのです。


そして、鹿児島湾北部にある円形の地形は、2万9000年前の巨大噴火によって陥没してできたカルデラの名残なのです。



桜島は今から100年ほど前の1914年に大噴火しています。


このときは桜島にある複数の火口から大量のマグマが噴出し、西部では高温の火砕流が発生しました。


そして、約8時間後にはマグニチュード7.1の大地震が起こり、鹿児島市街を直撃しました。


その結果、58人の死者・行方不明者が発生し、121棟の家屋が全壊しました。



噴煙は高度8000メートル以上に達し、山麓では1日に厚さ2メートルの火山灰が降り積もりました。


火山灰はさらに上空11キロメートルの成層圏にまで上昇し、西日本上空を経て東北地方まで広がったのです。



この噴火はなんと1年以上も継続し、噴出物の総量は1707年の富士山宝永噴火を上回り、1990年の雲仙普賢岳噴火の10倍にも達する30億トンにまでなりました。


桜島でこうした大規模な噴火が起きたのは、江戸時代の安永噴火以来、135年ぶりでした。



現在、桜島南岳の5キロメートル下にはマグマだまりがあり、鹿児島湾の中央にある巨大なマグマだまりへ火道が連続しています。


姶良カルデラ中央部のマグマだまりには年間1000万立方メートルのマグマが蓄積し、一部のマグマが桜島南岳へ供給されてきました。


姶良カルデラでは噴火が近づくとマグマだまりが膨張し、周辺地域の地盤が隆起します。


その後、噴火が起こってマグマだまり中のマグマが減ると、地盤は沈下します。


このような上下動が噴火のたびに繰り返されるため、こうした変動を観測することによって姶良カルデラのマグマ活動を監視しています。



1914年の大正噴火の前にも隆起が起こり、噴火直後に80センチメートルの沈下が起きました。


その後は今に至るまで、マグマだまりへの供給を表す微弱な隆起が観測されています。


これは次の大噴火への準備が進んでいることを意味しているのです。



現在は、大正噴火で出た量の9割に相当する量までマグマは回復しています。


蓄積量が大正噴火並みになれば、同程度の噴火がいつ発生しても不思議ではないのです。


次の噴火規模と場所の予測は容易ではありませんが、現在の活動から見て、昭和火口付近で噴火する可能性が高いと考えられています。


つまり、桜島火山が大噴火を起こす時期に入ったことを警戒する必要があるのです。



巨大噴火で9万人の犠牲者


大規模な火山噴火は、気象災害も引き起こします。


1815年にインドネシアにある活火山タンボラ火山が約5000年ぶりに起こした大噴火がその例です。



この噴火では最初に、上空30キロメートル以上も軽石と火山灰が大量に地上に降り注いだあと、高温の火砕流が山の周辺へ流れ出しました。


さらに、この火砕流が海へ突入したことで津波が発生し、スンバワ島周辺の海岸を津波が襲いました。



大量の火山灰は600キロメートル離れたジャワ島の集落にまで降り積もりました。


舞い上がった火山灰によって、昼間でも薄暗い状態が続きました。


さらに、成層圏まで達した火山灰は、ジェットストリームによって全世界へ拡散していったのです。



この噴火によって地上に出たマグマの量は、55立方キロメートルと積算されています。


これは琵琶湖にたまった水の倍近い量に当たる、観測史上最大の噴出量でした。
また、噴火が終わったあとの火山には直径6キロメートルの巨大なカルデラができました。


スンバワ島の住民1万2000人のほとんどは、この噴火の犠牲となり、生存者はわずか26名のみであったと記録されています。



しかし、この1万2000人という犠牲者数もごく一部に過ぎませんでした。


広域に降り積もった火山灰により、大飢饉や疫病が発生し、それによる死者を加えた犠牲者の総計は、9万人以上となったのです。



世界中で夏がなくなる


この噴火ではさらに、翌年の1816年から、ヨーロッパと北アメリカでこれまでにはなかった気象災害が起きました。


その年、アメリカ東部ニューイングランド地方ではついに夏が来なかったのです。


6月になっても雪が降り、湖沼は凍っていました。
さらに8月にもかかわらず山地には雪が残り、平地には霜がおりました。


この年は降水も極端に少なく、トウモロコシなどの穀類がほとんど収穫できませんでした。


こうした異常気象は翌年まで続いたため、米国東部の農民たちは西部の開拓地へ移住していきました。


これがアメリカの西部開拓の契機の一つとなったとも言われています。
まさに巨大噴火が間接的に文明史を変えたのです。



また、ヨーロッパ大陸でも冷夏が襲ってきました。


イギリスやスイスには夏でも冷たい雨が降り続き、イギリスでは数百年来の最低の平均気温を記録しました。


こうした現象は、タンボラ火山から飛来した火山灰と硫酸ミストが空の青い色を吸収したため起きたものです。


成層圏にまき散らされた火山灰は地球を周回し、何年も地上に降りてこないのです。


そのため、太陽光が遮られ異常低温を引き起こしたのです。


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